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東京高等裁判所 平成3年(行コ)101号 判決

控訴人

関谷邦積

杉井静子

小平時之助

後閑信子

右四名訴訟代理人弁護士

鈴木亜英

二上護

竹中喜一

林勝彦

赤沼康弘

吉田健一

蔵本怜子

平和元

山本哲子

小林克信

長尾宜行

中村秀示

水口真寿美

河邊雅浩

被控訴人

岸中士良

右訴訟代理人弁護士

財部實

被控訴人

青木久

右訴訟代理人弁護士

倉田哲治

被控訴人

立川市土地開発公社

右代表者理事

石橋愿

右訴訟代理人弁護士

尾嵜裕

主文

一  本件控訴をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、第一、二審とも控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人らは、東京都立川市に対し、各自一億〇四四一万六七一〇円及びこれに対する昭和六二年九月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

4  仮執行宣言

二  被控訴人ら

本件控訴を棄却する。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  当事者

(一) 控訴人らは、いずれも東京都立川市(以下「立川市」という。)の住民である。

(二) 被控訴人岸中士郎(以下「被控訴人岸中」という。)は、後記本件各支出命令の当時、立川市長であった。

(三) 被控訴人立川市土地開発公社(以下「被控訴人公社」という。)は、公有地の拡大の推進に関する法律(昭和四七年六月一五日法律六六号。以下「公有地拡大法」という。)一〇条一項に基づき、昭和四一年八月八日設立された土地開発公社であり、立川市内において、同市の公有地となるべき土地の先行取得等公有地拡大法一七条記載の業務を行っている。

(四) 被控訴人青木久(以下「被控訴人青木」という。)は、後記本件各支出命令の当時、立川市の助役であり、かつ、被控訴人公社の理事であった。

2  公金の支出

(一) 訴外亡青木正作(以下「正作」という。)は、被控訴人青木の父であるが、別紙物件目録一ないし三記載の一団の土地(以下これらの土地を合わせて「本件土地」といい、また、個別に「第一土地」、「第二土地」及び「第三土地」という。)を所有していた。

立川市は、昭和四九年六月一日から、正作より本件土地の無償貸与を受け、児童福祉法四〇条に基づく児童遊園(砂川一番東児童遊園。以下「本件児童遊園」という。)として使用していた。

立川市は、昭和五六年二月一〇日、正作から、本件土地を買収してほしい旨の要望書(〈書証番号略〉)の提出を受け、同月一二日、本件土地を買収することを決定し、同月一七日、被控訴人公社に対し、本件土地を買収することを依頼した。

(二) 被控訴人公社は、正作から、昭和五六年三月一九日に第一土地を代金四〇三〇万円で、昭和五七年一月二〇日に第二土地を代金三九九九万九九六〇円で、昭和五八年一月一四日に第三土地を代金二八五八万五一〇九円で、それぞれ買い受けた(以下、右各売買契約を順次「公社・正作間の第一売買」、「公社・正作間の第二売買」及び「公社・正作間の第三売買」といい、これらを合わせて「公社・正作間の売買」という。)。

(三) 立川市は、被控訴人公社から、昭和五六年九月二五日に第一土地を代金五八六三万三三二九円、一〇年間の割賦払いの約定で(ただし、昭和六〇年三月三〇日に代金を五一八六万五五三一円と変更したうえ、立川市が支払時期を繰り上げて完済した。)、昭和五七年三月二六日に第二土地を代金五七八八万二二二三円、一〇年間の割賦払いの約定で、昭和五八年三月一五日に第三土地を代金四〇六七万〇四〇六円、一〇年間の割賦払いの約定で、それぞれ買い受けた(以下、右各売買契約を順次「第一売買」、「第二売買」及び「第三売買」といい、これらを合わせて「本件売買」という。)。

(四) 被控訴人岸中は、立川市長として、

(1) 昭和五六年九月下旬に第一売買の代金の賦払金につき、

(2) 昭和五七年三月下旬及び同年九月下旬に第一売買及び第二売買の各代金の賦払金につき、

(3) 昭和五八年三月ないし昭和六〇年三月まで毎年三月下旬及び九月下旬に本件売買の各代金の賦払金につき、

(4) 昭和六〇年九月ないし本訴を提起した昭和六二年八月二九日まで毎年三月下旬及び九月下旬に第二売買及び第三売買の各代金の賦払金につき、

それぞれ支出命令(以下「本件各支出命令」という。)をし、立川市をして、被控訴人公社に対して、本件売買の各代金の賦払金を順次支払わせた(以下、本件各支出命令に基づく右各支出を「本件各支出」という。)。立川市が被控訴人公社に対して支払った賦払金は、本訴提起時までに少なくとも一億〇四四一万六七一〇円を下らない。

3  本件各支出の違法

(一) 本件売買は、以下のとおり、いずれも違法であって、公序良俗に反し無効であるから、これに基づく本件各支出命令も違法である。

(1) 前記のとおり、立川市は、昭和四九年六月一日から、正作より本件土地の無償貸与を受けてこれを本件児童遊園として使用していた。本件土地は、公道に接していない袋地であって、公園等の用地とする以外には活用する方法のない土地である。しかも、本件土地は、都市公園としての児童公園(都市公園法二条一項)の基準を満たさないから、子供の遊戯・運動のための広場としての児童遊園として利用するほかない。ところで、児童遊園は、児童福祉法上の児童厚生施設であり、地方公共団体は、法令上その設置義務を負うものではないし、その設置基準等もない。現実に立川市は、児童遊園独自の整備計画・用地買収計画を有していない。以上のとおり、立川市は、本件土地を児童遊園として無償貸与を受けている状態で何らの不都合も生じていなかったものであるから、本件売買は、全く必要を欠き違法なものである。

(2) 地方公共団体による土地の買収は、裁量行為であるが、動機ないし目的の違法が重大である場合には、裁量権の濫用として当該土地買収も違法となるというべきである。

被控訴人青木は、本件土地買収の最終決裁権者である被控訴人岸中と事前に相謀り、本件土地の買収を通じて自らが暴利を得る目的で、被控訴人公社代表者としての権限を濫用して公社・正作間の売買をしたものである。そして、被控訴人岸中は、被控訴人青木の目的を達成させるため本件売買契約を締結したものであり、本件売買契約を締結するについては動機ないし目的に重大な違法が存するから、裁量権の濫用として本件売買契約も違法である。

(3) 本件土地は、袋地で通路に接しないため、建築基準法上建築物を建築することができない土地であり、面積(画地規模)が過大であるうえ、立川市の使用借権が付着していたから、その価額評価に当たっては袋地の減価、画地規模の減価及び使用借権減価をすることが必要であった。本件土地の袋地の減価は三八パーセント、画地規模の減価は三パーセント、使用借権減価は一〇パーセントが相当であるから、本件土地の価額の決定に当たっては合計五一パーセントの減価をすることが必要であった。本件土地の第一売買当時の価額は、減価前の価額が一平方メートル当たり一三万円であるから、右減価をすると一平方メートル当たり六万三七〇〇円となる。しかるに、被控訴人らは、本件売買に当たり、右減価を行わないで本件土地の価額を算出し、買受価格を決定したため、買受価格が、第一売買(第一土地)で坪四三万円、第二売買(第二土地)で坪四五万円、第三売買(第三土地)で坪四九万九〇〇〇円とされ(ただし、これらに諸経費及び利子相当額を加えた額)、不当に高額となった。

したがって、本件売買は、いずれも地方財政法四条一項に違反して違法である。

(二) 立川市は、以下のとおり、本件売買によって本件土地の所有権を取得することができないから、その売買代金を支払うためにされた本件各支出命令は、執行機関がその事務を誠実に管理し執行する義務(地方自治法一三八条の二)又は公務員としての任務に著しく違背し、違法である。

(1) 被控訴人青木は、公社・正作間の売買について正作から包括的に委任され、一方では正作の代理人として、他方では被控訴人公社の代表者として、公社・正作間の売買契約を締結したものである。したがって、公社・正作間の売買契約は、被控訴人青木の双方代理により締結されたもので無効である。

(2) 被控訴人青木は、公社・正作間の売買について正作から包括的に委任されていたものである。したがって、公社・正作間の売買契約の締結は、被控訴人公社とその理事である被控訴人青木との利益相反行為に当たるから、被控訴人青木は、公有地拡大法一六条四項により右契約について被控訴人公社を代表する権限を有しない。よって、被控訴人青木が公社・正作間の売買契約を締結した行為は無権代理行為として無効である。

更に、被控訴人青木は、被控訴人公社を代表して立川市との間で本件売買契約を締結したものであるが、同条項の趣旨に照らせば、右により無権代理行為として無効とされる公社・正作間の売買により被控訴人公社名義となった本件土地を立川市に売却する場合にも、被控訴人青木は、被控訴人公社を代表する権限を有しないと解すべきであり、したがって、本件売買契約も被控訴人青木の無権代理行為により締結されたものであって無効である。

(3) 被控訴人青木は、右(二)(2)のとおり、本件土地の買収を通じて自らが暴利を得る目的で、被控訴人公社代表者としての権限を濫用して公社・正作間の売買をしたところ、右売買においては、被控訴人青木が正作を代理しているから、右権限濫用の事実につき相手方が悪意であることは明らかである。したがって、公社・正作間の売買は、民法九三条ただし書の類推により無効である。

4  被控訴人岸中の責任

被控訴人岸中は、右3のとおり、本件各支出命令が違法であることを知り又は知り得たにもかかわらず、立川市長として本件各支出命令をしたのであるから、これによって立川市に生じた損害を賠償する責任を負う。

5  被控訴人青木の責任

被控訴人青木は、右3のとおり、本件売買が違法・無効であり、したがって、本件各支出命令が違法であることを知りながら、被控訴人公社の代表者理事長として被控訴人岸中に本件各支出命令をさせて立川市に損害を生じさせたものである。したがって、被控訴人青木の行為は、立川市に対する不法行為となるから、被控訴人青木は、右行為により立川市に生じた損害を賠償する責任を負う。

6  被控訴人公社の責任

(一) 被控訴人公社は、本件各支出命令に係る相手方であり、本件各支出命令に基づき立川市から本件売買の代金として少なくとも一億〇四四一万六七一〇円を受領した。しかし、本件売買は3(二)のとおり無効であるとともに、右3(一)のとおり違法事由があって公序良俗に反し無効であるところ、被控訴人公社は、本件売買が無効であることを知って右金員を受領したから、右金員を不当利得として立川市に返還する義務が存する。

(二) 被控訴人青木は、被控訴人公社の代表者理事長として、被控訴人公社の職務を行うにつき右5の不法行為をしたから、被控訴人公社は、民法四四条一項により右行為により立川市に生じた損害を賠償する責任を負う。

7  立川市の被った損害

立川市は、本件各支出命令に基づき、本訴提起までに少なくとも一億〇四四一万六七一〇円の公金を支出し、これにより右と同額の損害又は損失を被った。

8  監査請求

(一) 控訴人らは、昭和六二年八月三日、立川市監査委員に対し、本件売買代金の支払いが違法な公金の支出に当たるとして、地方自治法二四二条に基づき監査請求(以下「本件監査請求」という。)をしたところ、同監査委員は、同月二八日、控訴人らに対し、本件監査請求は理由がない旨の監査結果を通知した。

(二) 本件監査請求は、被控訴人青木に対する監査請求を含んでいる。これは本件監査請求にかかる「立川市職員措置請求書」(〈証書番号略〉。以下「本件監査請求書」という。)に、「市は、これまでの一億円余りの不当支出について、岸中市長並びに青木元助役・元市土地開発公社理事長に対し、損害賠償を請求する」旨記載されており、立川市が被控訴人青木に対して損害賠償を請求すべきである旨明示していることから明らかである。

また、普通地方公共団体の長その他の財務会計職員の財務会計上の行為を違法、不当としてその是正措置を求める住民監査請求は、特段の事情がない限り、当該行為が違法、無効であることに基づいて発生する実体法上の請求権の行使を違法、不当とする財産の管理を怠る事実についての監査請求もその対象として含むものと解すべきであるから、この点からも、本件監査請求が被控訴人青木に対する監査請求を含むことは明らかである。

(三) 本件監査請求は、右のとおり昭和六二年八月三日に行われたから、昭和六一年三月三一日以前の分割払いにかかる売買代金支出命令については地方自治法二四二条二項本文に定める期間内に監査請求をしていないことになるが、以下のとおり、右期間内に監査請求をしなかったことについて同項ただし書に定める「正当な理由」が存在する。

(1) 監査請求の対象となる行為が秘密裡にされた場合、「正当な理由」の有無は、特段の事情がない限り、当該住民が相当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることができたかどうか、また当該行為を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請求したかどうかによって判断すべきである。そして、監査請求の対象となる行為が秘密裡にされた場合でなくとも、その行為の違法又は不当性を知ることの困難という点で当該行為が秘密裡にされた場合と異ならない場合には、「正当な理由」の有無の判断も右と同様の基準によるべきである。

(2) 本件における各支出行為は、秘密裡にされたものではないが、支出行為の違法又は不当性を判断するに当たっては、本件土地の形状、面積、接道の有無、買収までの土地使用の経過、態様、近隣の同種土地の標準的土地価額、買収手続きの経過等を調査して事実を確認したうえ、総合的に判断しなければならない点で一般住民にとっては相当大きな困難性があり、しかも、本件監査請求前に本件における各支出行為の問題点が議会で指摘されたり、報道されたりしたことはなく、立川市の予算、決算関係書類を調査しても本訴で取り上げた問題点に気付くことは不可能に近かったことを考慮すると、本件は、支出行為の違法又は不当性を知ることの困難という点では支出行為が秘密裡にされた場合と異ならないというべきである。

(3) 控訴人らは、昭和六二年六、七月頃に立川市議会議員に対する匿名の電話通報がされたことを端緒として、現地調査、近隣の価格調査など可能な範囲で最大限の調査をしたうえ、右電話通報の一、二か月後に本件監査請求をしたものである。したがって、昭和六一年三月三一日以前の分割払いにかかる売買代金支出命令につき、地方自治法二四二条二項本文の定める期間内に監査請求をしていないことについては、同項ただし書に定める「正当な理由」が存在する。

9  よって、控訴人らは、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、立川市に代位して被控訴人らに対し、損害賠償として(被控訴人公社については選択的に不当利得返還請求として)、各自、違法に支出した公金の額又は法律上の原因なく利得した額に相当する一億〇四四一万六七一〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六二年九月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金(被控訴人公社については選択的に右同様の割合による法定利息金)を立川市に支払うよう求める。

二  被控訴人らの本案前の主張

1  被控訴人岸中のした本件各支出命令により本件売買代金の支払いを受けたのは被控訴人公社であって被控訴人青木ではないから、同人が地方自治法二四二条の二第一項四号に規定する「当該行為に係る相手方」でないことは明らかである。また、本件監査請求書には被控訴人青木に対する損害賠償請求が触れられているものの、これは事実上の主張にすぎず、被控訴人岸中において、被控訴人青木に対する損害賠償請求権の行使を怠った事実を主張したことにはならないから、同号に規定する「怠る事実」に触れたものとは言えない。したがって、控訴人らは、被控訴人青木に対する訴えについては監査請求を経ていないので、右訴えを却下すべきである。

2(一)  住民訴訟は、監査請求期間内に適法な監査請求を経ていることが要件とされているところ、本件においては、本件売買に基づく公金の支出日から一年以内に監査請求をすることが必要とされる。立川市は、本件売買に基づき、別紙賦払金支払状況表記載のとおりの日時に右表記載の各金員を支出した。しかるに、控訴人らは、右表記載の各金員について、その支出後一年以内に監査請求をしなかった。したがって、右各金員合計九四一六万七六七一円にかかる訴えは、適法な監査請求を経ていないものとして却下されるべきである。

(二)  控訴人らは、右各金員にかかる部分について地方自治法二四二条二項本文に定める期間内に監査請求をしていないことについて、同項ただし書に定める「正当な理由」が存在する旨主張するが、昭和五六年度中の賦払金については、同年度の立川市補正予算案に、公有財産購入費(児童遊園費)として計上され、これが立川市議会本会議に上程されて審議されたこと、右審議に当たって、右公有財産購入費が、「児童遊園整備事業に要する経費」であり、「用地買収(立川市土地開発公社取得用地)」に要する費用であることが明確にされていたこと、同年度の決算書に、「公有財産購入費、砂川一番東児童遊園用地購入費割賦金(立川市土地開発公社に対する支払)」として八二二万五〇三二円が計上されていたこと、以上の事実によると、一般市民が、別紙賦払金支払状況表記載の各金員の支出を知りえないとか知ることが困難であったということはできないから、控訴人ら主張の「正当な理由」が存在するとはいえない。

三  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1記載の事実は認める。

2  同2記載の事実は認める。

3(一)  同3(一)記載の事実のうち、立川市は、昭和四九年六月一日から、正作より本件土地の無償貸与を受けて本件児童遊園として使用していたこと、被控訴人らは、本件売買に当たり、袋地の減価、画地規模の減価及び使用借権減価を行わないで本件土地の価額を算出し、買受価格を決定したため、買受価格が、第一売買(第一土地)で坪四三万円、第二売買(第二土地)で坪四五万円、第三売買(第三土地)で坪四九万九〇〇〇円とされた(ただし、これらに諸経費及び利子相当額を加えた額)ことは認め、その余の事実は否認し、主張は争う。

なお、本件売買は以下のとおり立川市にとって必要なものであった。

(1) 立川市は、立川市児童遊園条例(昭和三九年条例第八一号)を制定し、児童に健全なる遊びを与えて、その健康を増進する目的で、都市公園の補完的機能を果たす児童遊園を設置することとしていたところ、昭和四三年八月三〇日、建設省都市局長から各知事あてに、児童を交通禍から守るため、児童の遊び場の確保を緊急対策として推進するよう通達が発せられたことから、立川市も右通達に従い、これを積極的に整備することとし、昭和四九年七月一日には立川市基本構想を決議し、その中で児童遊園の設置、整備、拡充を宣言した。

(2) 右通達では、地価の暴騰により児童の遊び場用地の取得が困難である実情から、私人にこれを無償提供させることを勧めているので、立川市でも地主の好意で遊び場用地を無償で提供してもらっている例が多い。しかし、遊び場用地を無償で提供した地主に対しては、市税の免除の外には特典がないため、地主の要求で使用貸借期間満了前に用地を返還した例もあり、法的安定性に欠ける面があるため、立川市は、地主からの買い取り要求があれば地域的な状況、市の財政事情等を十分考慮し、できるだけ買収して立川市有地とする方針を立てていた。

(3) ところで、本件児童遊園に隣接した南西方向には、昭和四二年から昭和四五年にかけて建設された一番町北市営住宅(以下「本件市営住宅」という。)が存する。本件市営住宅は、「立川市宅地開発指導要綱」により、約八六〇平方メートルないし約一三〇〇平方メートルの広場を確保することが必要とされていたのに、これが二三二平方メートルしか確保できていなかった。本件土地は、面積が791.97平方メートルあり、児童遊園用地としては恰好のものであった。右状況において、立川市は、昭和四九年六月一日、正作から、本件土地を借り受け、同年一二月から砂川一番東児童遊園として使用してきたもので、本件児童遊園は、本件市営住宅を中心とする近隣の児童にとって貴重な遊び場として定着していた。

(4) 立川市は、昭和五六年二月一〇日、正作から本件土地を買収してほしい旨要望されたので、本件児童遊園が子供の遊び場として既に定着していること、公園・児童遊園の設置状況、立川市宅地開発指導要綱との関連等を考慮し、本件土地を買収することとしたものであり、本件売買は必要なものであった。

(二)  同3(二)記載の事実のうち、被控訴人青木が、被控訴人公社を代表して公社・正作間の売買及び本件売買をしたことは認め、その余の事実は否認する。

4  同4記載の事実のうち、被控訴人岸中が、立川市長として本件各支出命令をしたことは認め、その余の事実は否認する。

5  同5記載の事実は否認する。

6  同6記載の事実のうち、被控訴人公社は、本件各支出命令に係る相手方であり、本件各支出命令に基づき立川市から本件売買の代金として少なくとも一億〇四四一万六七一〇円を受領したこと、被控訴人青木は、被控訴人公社の代表者理事長であることは認め、その余の事実は否認する。

7  同7記載の事実のうち、立川市は、本件各支出命令に基づき、本訴提起までに少なくとも一億〇四四一万六七一〇円の公金を支出したことは認め、その余の事実は否認する。

8(一)  同8(一)記載の事実は認める。

(二)  同8(二)、(三)記載の事実は否認する。

四  被控訴人らの主張

1  本件売買の代金額の相当性

(一) 被控訴人公社は、公社・正作間の第一売買に際し、その価格の適正を期するため、昭和五六年二月一九日、社団法人日本不動産鑑定協会会員の三井信託銀行株式会社立川支店(以下「三井信託」という。)に第一土地の価格の鑑定評価を委嘱し、同年三月六日、一平方メートル当たり一三万円という鑑定評価の報告を受けてこれを立川市に報告した。立川市は、同市財産価格審査会に右鑑定評価の審査を依頼したところ、右審査会は、第一土地の価格を一平方メートル当たり一三万円と決定し、同月一八日、その旨立川市に通知をしたので、立川市は、これを公社に通知した。被控訴人公社は、右審査会の決定した額を第一土地の取得価格と決定した。また、公社・正作間の第二、第三の各売買に際し、被控訴人公社は、立川市財産価格審査会に第二土地及び第三土地の取得価格について順次審査を依頼した。右審査会は、右第一土地の代金額を基礎として時点修正をし、第二土地について一平方メートル当たり一四万一三〇〇円、第三土地について一平方メートル当たり一五万一三〇〇円と決定し、これをそれぞれ被控訴人公社に通知したところ、被控訴人公社は、右価額を第二土地及び第三土地の取得価格とした。被控訴人公社と立川市は、公社・正作間の売買における各売買代金額にそれぞれ諸経費及び借入金利子相当額を加えた額を第一ないし第三土地の各売買代金額と決定した。以上のとおり、本件売買の代金額は、いずれも適正な価格であって、地方財政法四条一項に違反するものではない。

(二) 控訴人らは、「本件土地は、袋地で通路に接しないため、建築基準法上建築物を建築することができない土地である。」旨主張するが、以下のとおり、本件土地に建築物を建築することは可能である。

立川市は、本件土地とその南西側に位置する本件市営住宅との間に、本件市営住宅建設当時から幅員四メートルの団地内道路(南東側に位置する市道西九九号線に至る取付道路を含む。以下「本件通路」という。)を設けている。立川市は、本件通路を市道として認定していないが、本件市営住宅建設の経緯から、これを道路とみなしており、このため、市民が、本件市営住宅の南に位置する民有地に建物を建築するに当たって、昭和四四年一二月一一日付けで本件通路の南側延長上の道路使用許可を与えており、その後も同様の道路使用許可を与えている。また、当該市民は、右道路使用許可を得て、右土地に賃貸住宅を建築している。以上のとおり、本件土地に建築物を建築することは可能である。なお、現在、本件通路の本件市営住宅南端に相当する部分に鉄製の杭が設置されているが、右杭が設置されたのは昭和六一年頃であり、本件売買当時、右杭は存在していなかった。

また、被控訴人公社は、三井信託に本件第一土地の価格の鑑定を依頼した際、「市営住宅団地内道路の通路としての使用については何等支障がないものとして鑑定評価すること」との条件を付しているが、以上の事実に鑑みれば、右条件を付したことは正当である。

(三) 控訴人らは、「本件土地の価額評価に当たっては袋地の減価、画地規模の減価及び使用借権減価をすることが必要であった。」旨主張するが、右(二)のとおり本件土地は袋地ではなく、本件土地の面積は実測791.97平方メートルであって一〇〇〇平方メートル以下のものであるから画地規模が過大であるということはなく、更に、立川市は本件土地を無償で借り受けているが、請求の原因に対する答弁3(一)(2)のとおり権利性を認めがたいことを考慮すると、控訴人らの右主張は理由がない。本件土地についての前記(一)の価格は、その近隣土地の価格に比較して正当な価格である。

2  公社・正作間の売買における被控訴人青木の権限及び関与

(一) 被控訴人青木は、正作の包括的な財産管理人ではないし、公社・正作間の売買について、正作の代理人でも使者でもなかった。

公社・正作間の第一及び第二の各売買は、それぞれ各契約書の作成前に、被控訴人公社の職員が、売買する土地の範囲、価格、代金の支払方法等について正作と交渉したうえ、取得価格が決定された際、その価格を正作に電話連絡してその同意を得たことで、口頭により成立したものであり、被控訴人青木は、各契約書に住所、氏名を記載して正作の印を押捺したにすぎず、更に、公社・正作間の第三売買は、昭和五八年一月一四日、被控訴人公社の職員が正作方を訪れ、正作がその契約書に自ら押印して、成立したものである。以上のとおり、被控訴人青木は、公社・正作間の売買について、正作の代理人でも使者でもなかった。

(二) 仮に、公社・正作間の第一及び第二の各売買が各契約書の作成前に口頭により成立したものでなかったとすれば、被控訴人青木は、右各売買について正作の使者として行動したものである。すなわち、公社・正作間の第一及び第二の各売買に際して、被控訴人青木は、各契約書に正作の住所氏名を記載して押印しているが、その際、既に被控訴人公社職員と正作との間で、売買する土地の範囲、価格、代金の支払方法等すべての事項につき合意が成立していたもので、被控訴人青木自身が決定しなければならない事項はなく、単に正作が決定済みの意思を被控訴人公社に表示したにすぎないから、被控訴人青木は、正作の代理人ではなく、使者として行動したものである。

五  控訴人らの反論

1  本件売買の代金額の相当性についての反論

(一) 本件土地は通路に接していない袋地であり、被控訴人公社が公社・正作間の第一売買に関して三井信託に第一土地の価格の鑑定評価を委嘱した際、「市営住宅団地内道路の通路としての使用については何等支障がないものとして鑑定評価すること」との条件を付したことは誤りである。すなわち、市営住宅団地内道路とは本件通路を指すものであるが、これは、本件市営住宅居住者のために開設された立川市所有の通路であって、本件通路の使用を認めるか否かは全く立川市の自由裁量に属することであり、立川市は、正作にその使用を認める義務はなく、正作は、使用許可を求める何らの権利も存しない。したがって、本件通路の使用について「何等支障がない」ということはできず、本件土地は袋地であるというべきである。

なお、立川市が正作に対し本件通路の使用許可をしなければ、本件土地の価格評価に当たっては大幅な減価がなされ、被控訴人公社及び立川市は右のとおり大幅な減価をした価額で本件土地を買収することができたのである。

(二) 本件土地については、建築基準法四三条一項ただし書は適用されず、建築物を建築することはできない。同条項の趣旨は、単に道路を交通の用に供するというばかりでなく、災害時の防災活動ないし避難活動が円滑に行われるようにし、ひいては建築物に対する日照、通風を確保して居住環境を保護することにあるから、同条ただし書の適用が認められるのは、周囲の状況からして恒久的に防災、避難、交通の安全上支障のないことが必要であり、将来変動の可能性がないとは言えない場合には適用されない。本件通路は、本件市営住宅の南端に相当する部分に鍵のついた鉄製杭が設置され、車両が通行できないようになっており、防災活動、避難活動が円滑に行われるとは言えないし、本件市営住宅の建て替え等により本件通路が廃止される可能性も存する。これらの事情からすると、同法四三条一項ただし書を適用して本件土地に建築物を建築することはできない。

(三) 本件土地の近隣であり、交通の便が本件土地よりも良く、法定の道路に接している土地についての公示価格は、昭和五七年一月一日現在坪約三七万円であることに比較すると、本件土地の売買価格が不当に高額であったことは明らかである。

2  公社・正作間の売買における被控訴人青木の権限及び関与についての反論

(一) 被控訴人公社職員は、公社・正作間の売買に関し、昭和五六年三月一八日頃、正作に電話をしたところ、正作から、「来るに及ばない。息子が役所に行ってるんで、息子に任せる。」と述べ、交渉又は契約に関わる一切を被控訴人青木に任せる旨表明した。そこで、被控訴人公社職員は、当時助役であった被控訴人青木を立川市庁舎内の助役室に訪ね、公社・正作間の第一売買についての買収土地面積、代金支払方法について被控訴人公社の意向を述べ、被控訴人青木の了解を得たうえ、同人に契約書の売主欄に正作の記名、押印をしてもらった。したがって、被控訴人青木は、公社・正作間の売買に正作の代理人として関与したことが明らかである。

(二) 被控訴人らは、公社・正作間の第一及び第二の各売買は各契約書の作成前に口頭により成立したものである旨主張する。しかし、公社・正作間の売買は、総額一億円以上にのぼる土地の売買であり、しかも、公共的性格を有するものであるから、契約内容の明確性が要求されるものである。したがって、公社・正作間の売買については契約書等の書面の作成をもって契約の成立と認めるのが相当である。よって、被控訴人らの右主張は理由がない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一被控訴人らの本案前の抗弁について判断する。

1  被控訴人らは、「控訴人らは、被控訴人青木に対する訴えについては監査請求を経ていないので、右訴えを却下すべきである。」旨主張するが、以下の理由により、右主張は採用しない。

(一)  控訴人らの被控訴人青木に対する請求は、「被控訴人青木は、本件売買が違法・無効であり、したがって、本件各支出命令が違法であることを知りながら、被控訴人公社の代表者理事長として被控訴人岸中に本件各支出命令をさせて立川市に損害を生じさせたものである。したがって、被控訴人青木の行為は、立川市に対する不法行為となるから、被控訴人青木は、右行為により立川市に生じた損害を賠償する責任を負う。控訴人らは、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、立川市に代位して被控訴人青木に対し、損害賠償として、立川市が違法に支出した一億〇四四一万六七一〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六二年九月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を立川市に支払うよう求める。」というものであり、これは、地方自治法二四二条の二第一項四号に規定する「怠る事実に係る相手方に対する」「損害賠償の請求」を求めるものであることが明らかである。

(二)  証拠(〈書証番号略〉)によると、本件監査請求書に記載された請求の要旨は、「岸中士良立川市長は、昭和五六年九月二五日から同五八年三月一五日にかけ、土地の表示立川市一番町四丁目六〇番三、同六〇番四、同六〇番五の三筆の土地を立川市土地開発公社より用地買収した。そしてすでに一億円余を分割払いしたが、前記六〇番四、六〇番五については、支払い残高四、六〇〇万円余があり、六八年三月までに支払うことになっている。

このことについて、次の理由で不当な公金の支出と判断せざるを得ないので措置請求する。

これらの土地は故青木正作氏(立川市砂川町三三六番地)から市が無償で借受けていたものである。それを故青木正作氏の長男であり、市助役の青木久氏が立川市土地開発公社の理事長在籍中に買収、数カ月後立川市に売却している。つまり青木久氏は立川市助役、市土地開発公社理事長という公職の立場にありながら、自分の土地に等しいものを市開発公社として買収、それを市に売るという常識では考えられない、お手盛りの土地売買を行なった。同時に、これらの土地は、道路位置指定もない、いわゆる“死に地”である。いわば、市に提供して公園用地として活用する以外、使いようのない土地をわざわざ市が買収しなければならない理由はない。しかも、五七年三月の買収価格は坪四五万円と、当時の近隣公示価格(立川市砂川町一五九八番二)坪三七万円を大幅に上回る高い価格であり、明らかにお手盛価格と断ぜざるを得ない。よって、市は、これまでの一億円余の不当支出について、岸中市長ならびに青木元助役・元市土地開発公社理事長にたいし、損害賠償請求するとともに、今後の支払いを中止すべきである。」

というものであることが認められる。そして、右認定の本件監査請求書の記載によると、控訴人らは、立川市が、被控訴人青木の不法行為により損害を被り、被控訴人青木に対し損害賠償請求権を取得したのに、被控訴人岸中が市長として当該請求権を行使することを怠っているため、右「怠る事実に係る」相手方である被控訴人青木に対し立川市が損害賠償を請求すべきである旨監査請求していると認められる。したがって、この点では、控訴人らの被控訴人青木に対する訴えは、監査請求を経た適法なものであると認められる。

2  控訴人らの訴えのうち、別紙賦払金支払状況表記載の各賦払金の支出に関する部分は、以下のとおり、適法な監査請求を経ないで提起されたものであり、不適法である。

(一)  控訴人らは、昭和六二年八月三日、立川市監査委員に対し、本件監査請求をしたところ、同監査委員は、同月二八日、控訴人らに対し、本件監査請求は理由がない旨の監査結果を通知したことは、当事者間に争いがない。

また、証拠(〈書証番号略〉、弁論の全趣旨)によると、別紙賦払金支払状況表記載の本件売買の各売買代金の賦払金合計九四一六万七六七一円に関する支出命令は、遅くとも同表記載の日時(その最終日は昭和六一年三月三一日である。)までにされたことが認められる。

右のとおり、本件監査請求は、昭和六二年八月三日にされたから、右各支出命令に関しては、地方自治法二四二条二項に規定する「当該行為のあった日又は終わった日から一年」の期間内に監査請求がされなかったことになり、同項ただし書に規定する「正当な理由」がない限り、右部分についての本件監査請求は不適法となる。なお、被控訴人公社及び同青木についての請求は、同法二四二条の二第一項四号に規定する「怠る事実の相手方に対する損害賠償請求ないし不当利得返還請求」であるが、同一の支出命令を理由とする被控訴人岸中に対する損害賠償請求について本件監査請求の期間が右のように制限されることとの均衡上、被控訴人公社及び同青木についての請求についても、被控訴人岸中に対する監査請求と同様に監査請求の期間が制限されるというべきである。そこで、以下(二)において、右「正当な理由」の存否について検討する。

(二)  地方自治法二四二条二項が「当該行為のあった日又は終わった日から一年」の期間内に監査請求をすることを要件とした趣旨は、監査請求の対象となる行為の多くは私法上の行為であるけれども、普通地方公共団体の機関、職員の行為である以上、いつまでも争い得る状態にしておくことは法的安定性の見地から見て好ましくないため、なるべく早く右行為の効力を確定させる必要があるという点にある。したがって、同項ただし書に規定する「正当な理由」があるとされるためには、例えば、当該行為が極めて秘密裡に行われ、一年を経過した後始めて明るみに出たような場合又は天災地変等による交通途絶により監査請求ができなかった場合等、特に期間徒過後の請求を認めるだけの相当な理由がある場合をいうと解される。

そこで、本件についてこれを見るに、証拠(〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨)によると、公社・正作間の売買及び本件売買とも価格決定に当たって立川市財産価格審査会の審査を経るなど、通常の手続きを履んで公然と行われたもので、関係者がこれを隠蔽しようとした事実はないこと、第一売買の代金に係る昭和五六年度中の賦払金は、昭和五六年九月一八日に立川市議会において議決された昭和五六年度補正予算案に「目5児童遊園費、節17公有財産購入費」として七五三万七〇〇〇円が計上され、その審議に際して同市議会に提出された予算案の事項別明細書において、右児童遊園費が、「児童遊園整備事業に要する経費」であり、「用地買収(立川市土地開発公社取得用地)」に要する費用であることが明確にされていたこと、同年度の決算書にも、第一、第二売買の代金に係る同年度中の賦払金として、「公有財産購入費、砂川一番東児童遊園用地購入費割賦金(立川市土地開発公社に対する支払)」名目で八二二万五〇三二円が支払われた事実が明記されていたこと、昭和五七年度予算の審議の際、本件第一、第二売買について立川市議会で質疑がされていること、右昭和五六年度補正予算案、予算案の事項別明細書及び同年度の決算書などは、その性質上立川市の住民がこれを入手し又は閲覧することが可能であること、以上の事実が認められ、右事実によれば、立川市の住民が、通常の方法による調査等によって、本件各支出命令中最初の支出命令が出された昭和五六年九月下旬から一年以内に、第一売買及び第二売買の存在及びこれに基づいて支出命令がされていることを了知して監査請求すること、更に、これを端緒として第三売買の存在及びこれに基づく支出命令がされていることを知り、右支出命令から一年以内に監査請求をすることが、いずれも可能であったと認められる。

(三)  控訴人らは、「本件における各支出行為は、秘密裡にされたものではないが、支出行為の違法又は不当性を判断するに当たっては、本件土地の形状、面積、接道の有無、買収までの土地使用の経過、態様、近隣の同種土地の標準的土地価額、買収手続きの経過等を調査して事実を確認したうえ、総合的に判断しなければならない点で一般住民にとっては相当大きな困難性があり、しかも、本件監査請求前に本件における各支出行為の問題点が議会で指摘されたり、報道されたりしたことはなく、立川市の予算、決算関係書類を調査しても本訴で取り上げた問題点に気付くことは不可能に近かったことを考慮すると、本件は、支出行為の違法又は不当性を知ることの困難という点では支出行為が秘密裡にされた場合と異ならないというべきである。」旨主張する。しかし、本件売買及び本件各支出命令をその支出命令がされた日から一年以内に知ることは必ずしも困難でないことは右(二)で認定したとおりであり、「本件土地の形状、面積、接道の有無、買収までの土地使用の経過、態様、近隣の同種土地の標準的土地価額」等の調査は、通常の不動産の価格調査や売買契約の調査とさほど変わるものではなく、短期間にその調査を終えることができると認められるし、「買収手続きの経過等」についても、本件売買契約書を閲覧することなどにより、さほど期間をかけずに調査可能であるから、本件を、支出行為が秘密裡にされた場合と同視することはできない。現に、控訴人らは、匿名の電話通報を端緒として一、二か月程度で調査を終え、本件監査請求をしている(控訴人らの主張自体から明らかである。)。したがって、控訴人らの右主張は採用しない。そして、他に前記(二)の認定を左右するに足りる証拠はない。

二次に、本案の理由の有無について判断する。

1  請求の原因1(当事者)、同2(公金の支出)及び同8(一)(本件監査請求)記載の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

2  控訴人らは、本件売買が違法であって、公序良俗に反し無効であるから、これに基づく本件各支出命令も無効である旨主張する。しかし、以下(一)ないし(三)のとおり、控訴人らの右主張は採用できない。

(一)  控訴人らは、「立川市は、昭和四九年六月一日から、正作より本件土地の無償貸与を受けて本件児童遊園として使用していた。本件土地は、公道に接していない袋地であって、公園等の用地とする以外には活用する方法のない土地である。しかも、本件土地は、都市公園としての児童公園の基準を満たさないから、子供の遊戯・運動のための広場としての児童遊園として利用するほかない。ところで、児童遊園は、児童福祉法上の児童厚生施設であり、地方公共団体は、法令上その設置義務を負うものではないし、その設置基準等もない。現実に立川市は、児童遊園独自の整備計画・用地買収計画を有していない。以上のとおり、立川市は、本件土地を児童遊園として無償貸与を受けている状態で何らの不都合も生じていなかったものであるから、本件売買は、全く必要を欠き違法なものである。」旨主張するので、この点について検討するに、証拠(各項の末尾に記載した各証拠。以下、同じ。)によると、本件売買の必要性に関し、以下の事実を認めることができる。

(1) 立川市は、昭和三九年三月二八日、立川市児童遊園条例(昭和三九年条例第八一号)を制定し、児童に健全なる遊びを与えて、その健康を増進するため、立川市児童遊園を設置する方針を立てた(〈書証番号略〉)。

(2) 建設省都市局長は、昭和四三年八月三〇日、「児童を交通禍から守るための緊急措置について」と題する都道府県知事宛の通達(昭四三・八・三〇建都公緑発四七)を出し、都道府県に対し、児童の交通事故の発生に対処するため、児童公園の整備を一段と推進すること、都市における近年の地価の暴騰により用地の取得が困難を極めているので、私有地を地方公共団体が積極的に借り受けこれを児童公園等として利用すること、等を求めた。そして、右通達は、市町村にも周知徹底された(〈書証番号略〉)。

(3) 立川市は、右通達の趣旨に鑑み、昭和四四年以降、都市公園法による児童公園の設置・拡充を基本としつつ、面積が狭小であることなどから児童公園としての要件を満たさない土地であっても、立川市児童遊園条例に基づき児童遊園とすることに努め、同年頃から昭和四八年頃までに合計七か所の私有地を買収するなどして、第一売買までに約八〇か所の児童遊園を確保した(〈書証番号略〉、証人横小路正直)。

(4) 立川市は、児童遊園の大半を市有地・国有地・都有地に設置していたが、地主から私有地を無償で借り受けて設置している場合も存した。立川市は、地主の好意により無償で土地の提供を受けている場合、地方税の免除をする外には地主に対して経済的な優遇措置を取っておらず、また、かつて地主の返還要求により使用貸借期間中であるにもかかわらず児童遊園を廃止してその用地を返還せざるを得なかったことがあるなど、土地の使用貸借による場合には権利関係が不安定であったうえ、右返還問題の際、市議会から児童遊園の確保に積極的に取り組むべきである旨指摘されたことなどから、使用貸借中の地主から児童遊園用地の買収の要望があったときには、財政事情・児童遊園等の配置状況及びその利用形態等を考慮して積極的に買収をする方針であった(〈書証番号略〉、証人横小路正直)。

(5) 立川市は、昭和四九年六月一日、正作より本件土地の無償貸与を受け、土地の整備・遊具の設置等をしたうえ、同年一二月一六日、本件児童遊園を開設した。立川市は、当時、砂川地域における児童公園ないし児童遊園の面積が少なかったうえ、本件児童遊園に隣接する本件市営住宅に「立川市宅地開発指導要綱」に定める広場の面積が不足していたこと、加えて、当時本件児童遊園が地域の児童の遊び場として定着していたことなどから、本件児童遊園を確保しておく必要性が高いと判断していた(〈書証番号略〉、証人横小路正直。なお、立川市は、昭和四九年六月一日、正作より本件土地の無償貸与を受けて本件児童遊園として使用していたことは当事者間に争いがない。)。

(6) 昭和五六年当時、正作が第三者に本件土地を処分したい意向である旨の風聞があったところ、立川市は、昭和五六年二月一二日、正作から本件土地を買収して欲しい旨申し込まれたので、右(4)、(5)の方針・判断に基づき、本件土地を買収することとし、被控訴人公社に依頼して公社・正作間の売買を成立させ、更に本件売買により被控訴人公社から本件土地を取得した(〈書証番号略〉、証人横小路正直)。

以上の事実が認められる。右事実によると、本件売買当時、立川市が、正作から本件土地を取得し、本件児童遊園を確保・存続しておく必要性は高かったというべきであり、本件売買契約を締結するについて、右点に関し、被控訴人岸中に裁量権を逸脱し又は濫用した事実があったとは認められない。したがって、控訴人らの前記主張は採用しない。

(二)  控訴人らは、「地方公共団体による土地の買収は、裁量行為であるが、動機ないし目的の違法が重大である場合には、裁量権の濫用として当該土地買収も違法となるというべきである。被控訴人青木は、本件土地買収の最終決裁権者である被控訴人岸中と事前に相謀り、本件土地の買収を通じて自らが暴利を得る目的で、被控訴人公社代表者としての権限を濫用して公社・正作間の売買をしたものである。そして、被控訴人岸中は、被控訴人青木の目的を達成させるため本件売買契約を締結したものであり、本件売買契約を締結するについては動機ないし目的に重大な違法が存するから、裁量権の濫用として本件売買契約も違法である。」旨主張する。しかし、本件全証拠によるも、右主張にそう事実を認めることはできない。すなわち、右(一)で認定したとおり、本件売買当時、立川市が、正作から本件土地を取得し、本件児童遊園を確保・存続しておく必要性が高かったうえ、後記(三)のとおり、公社・正作間の売買及び本件売買における各売買代金が不当に高額であったとはいえないことを考慮すると、被控訴人青木と同岸中が相謀って本件土地の買収を通じて暴利を得ようとしたとは到底認められない。したがって、控訴人らの前記主張は採用しない。

(三)  控訴人らは、「本件土地は、袋地で通路に接しないため、建築基準法上建築物を建築することができない土地であり、面積(画地規模)が過大であるうえ、立川市の使用借権が付着していたから、その価額評価に当たっては袋地の減価、画地規模の減価及び使用借権減価をすることが必要であった。本件土地の袋地の減価は三八パーセント、画地規模の減価は三パーセント、使用借権減価は一〇パーセントが相当であるから、本件土地の価額の決定に当たっては合計五一パーセントの減価をすることが必要であった。本件土地の第一売買当時の価額は、減価前の価額が一平方メートル当たり一三万円であるから、右減価をすると一平方メートル当たり六万三七〇〇円となる。しかるに、被控訴人らは、本件売買に当たり、右減価を行わないで本件土地の価額を算出し、買受価格を決定したため、買受価格が、第一売買(第一土地)で坪四三万円、第二売買(第二土地)で坪四五万円、第三売買(第三土地)で坪四九万九〇〇〇円とされ(ただし、これらに諸経費及び利子相当額を加えた額)、不当に高額となった。したがって、本件売買は、いずれも地方財政法四条一項に違反して違法である。」旨主張するので、この点について判断する。

(1) 証拠によると、公社・正作間の売買及び本件売買における各売買代金の決定に関し、以下の事実を認めることができる。

① 被控訴人公社は、昭和五六年二月二三日、三井信託に対し、本件土地のうち一〇〇平方メートルにつき、市営住宅団地内道路の通路としての使用については何ら支障がないものとし、標準画地としての更地の所有権価格を鑑定評価することを依頼し、公図の写し、案内図等を交付すると共に、公社職員の横倉克彰が三井信託の担当者を現地に案内した。なお、公社が本件土地のうち一〇〇平方メートルの価額のみにつき鑑定依頼したのは、鑑定費用を節約するために従前から行っていた方法に従ったものであった(〈書証番号略〉、証人横倉克彰)。

② 三井信託は、昭和五六年二月二三日を鑑定評価額の価格時点として鑑定評価を行い、本件土地(ただし、実測合計面積791.97平方メートルのうち前記一〇〇平方メートル部分)の位置、地勢、利用状況、公法上の規制及び西側幅員四メートルの舗装道路(市営住宅団地内道路)に接面していることなどの本件土地の状況、近隣地域の状況、本件土地の最有効使用が戸建住宅等の敷地であること等を前提として、主として取引事例比較法により、東京都基準地価格(立川―一二)との均衡をも考慮して、一平方メートル当たり一三万円、合計一三〇〇万円との鑑定評価額を出し、その旨の鑑定評価書を作成して被控訴人公社に提出した。なお、右鑑定評価書では、右①の「市営住宅団地内道路の通路としての使用には何等支障がない」、「標準画地」との条件に従って袋地減価や画地規模の減価をせず、また、本件土地に立川市の使用借権が付着していることによる減価もしていないが、実際には、本件土地は、公道に接しておらず、市営住宅団地内道路を含む本件通路は建築基準法上の道路には当たらないものであり、かつ、本件土地には立川市の使用借権が付着していた(〈書証番号略〉。なお、立川市が正作から本件土地を使用借りしていたことは当事者間に争いがない。)。

③ 立川市は、予算の都合や正作の税負担の問題等から、本件土地を三回に分けて買収することとしていたが、被控訴人公社から、右②の鑑定評価額の報告を受け、まず第一土地の売買代金を決定することとした。そこで、立川市建設部長は、昭和五六年三月九日、立川市財産価格審査会会長に宛て、第一土地を一平方メートル当たり一三万円で買収することが妥当である旨の意見を付して買収価格の決定を依頼したところ、同月一八日、同会長から、第一土地の買収価格を一平方メートル当たり一三万円とする旨決定したとの通知を受けた(〈書証番号略〉、証人横倉克彰)。

④ 被控訴人公社は、立川市から、第一土地の買収価格を一平方メートル当たり一三万円とする旨の通知を受け、昭和五六年三月一九日、まず第一土地(三一〇平方メートル)につき、正作との間で、代金を一平方メートル当たり一三万円、合計四〇三〇万円とする公社・正作間の第一売買契約を締結した。また、被控訴人公社は、同年九月二五日、立川市との間で、第一土地を代金五八六三万三三二九円(被控訴人公社の第一土地取得費四〇三〇万円、諸経費一二万六九七二円、借入金の利子相当額一八二〇万六三五七円の合計額)、ただし昭和五六年九月から一〇か年の分割払いの約定で売却する旨の第一売買契約を締結した(〈書証番号略〉)。

⑤ 被控訴人公社は、第二土地を買収すべく、昭和五七年一月一二日、立川市財産価格審査会会長に宛て、第二土地(293.04平方メートル)を一平方メートル当たり一四万一三〇〇円(第一土地の売買代金に時点修正をして算出した額)で買収することが妥当である旨の意見を付して買収価格の決定を依頼したところ、同月一八日、同会長から、第二土地の買収価格を一平方メートル当たり一四万一三〇〇円とする旨決定したとの通知を受けた。

被控訴人公社は、同月二〇日、第二土地につき、正作との間で、代金を立川市財産価格審査会の決定額以内の一平方メートル当たり一三万六五〇〇円、合計三九九九万九九六〇円とする公社・正作間の第二売買契約を締結した。また、被控訴人公社は、同年三月二六日、立川市との間で、第二土地を代金五七八八万二二二三円(被控訴人公社の第二土地取得費三九九九万九九六〇円、諸経費二一万七〇〇〇円、借入金の利子相当額一七六六万五二六三円の合計額)、ただし昭和五七年三月から一一か年の分割払いの約定で売却する旨の第二売買契約を締結した(〈書証番号略〉)。

⑥ 被控訴人公社は、第三土地を買収すべく、昭和五八年一月一一日、立川市財産価格審査会会長に宛て、第三土地(188.93平方メートル)を一平方メートル当たり一五万一三〇〇円(第二土地の売買代金に時点修正をして算出した額)で買収することが妥当である旨の意見を付して買収価格の決定を依頼したところ、同月一三日、同会長から、第三土地の買収価格を一平方メートル当たり一五万一三〇〇円とする旨決定したとの通知を受けた。

被控訴人公社は、同月一四日、第三土地につき、正作との間で、代金を一平方メートル当たり一五万一三〇〇円、合計二八五八万五一〇九円とする公社・正作間の第三売買契約を締結した。また、被控訴人公社は、同年三月一五日、立川市との間で、第三土地を代金四〇六七万〇四〇六円(被控訴人公社の第三土地取得費二八五八万五一〇九円、借入金の利子相当額一二〇八万五二九七円の合計額)、ただし昭和五八年三月から一一か年の分割払いの約定で売却する旨の第三売買契約を締結した(〈書証番号略〉)。

以上の事実が認められる。

(2) 右事実に基づいて、控訴人らの主張の当否について判断する。

① まず、本件土地は、公道に接しておらず、本件通路は建築基準法上の道路には当たらないにもかかわらず、公社・正作間の売買及び本件売買の売買代金を定めるにつき袋地減価をしていない点について検討する。

証拠(〈書証番号略〉、証人中島英夫、同横倉克彰、弁論の全趣旨)によると、立川市長は、昭和四四年一二月一一日、本件通路によらなければ公道(私道西九九号線)に通じない土地の所有者矢島安造からの申請により、建物の建築のために本件通路の使用許可をしたことがあること、その後、昭和五六年一二月一四日付けで右矢島の相続人の身内と思われる小林国広から、右使用許可の存在を一理由として、立川市長に対し、右同様の許可申請がされ、これが許可されたこと、そこで、小林国広は、建築確認を受けたうえ、建物を建築したこと、右矢島と同様の立場にあった岩田利男は、昭和四九年一二月一二日付けで建築確認を受けたうえ、建物を建築していること、立川市は、その後も同様の立場にある付近住民から本件通路の使用許可申請を受けてこれを許可していること、以上の事実が認められる。右事実によると、本件土地は、本件通路に接しているから、立川市から本件通路の使用許可を受ければ、建築基準法四三条一項ただし書により、本件土地上に一戸建ての建物を建築することが可能であり、しかも、立川市から本件通路の使用許可を受け得る蓋然性は高かったと認められるから、公社・正作間の売買及び本件売買の売買代金を定めるにつき袋地減価をしなかったことは結論として相当であったというべきである。

ところで、控訴人らは、「本件通路は、本件市営住宅居住者のために開設された立川市所有の通路であって、その使用を認めるか否かは全く立川市の自由裁量に属することであり、立川市は、正作にその使用を認める義務はなく、正作は、使用許可を求める何らの権利も存しない。したがって、本件通路の使用について「何等支障がない」ということはできず、本件土地は袋地であるというべきである。立川市が正作に対し本件通路の使用許可をしなければ、本件土地の価格評価に当たっては大幅な減価がされ、被控訴人公社及び立川市は右のとおり大幅な減価をした価額で本件土地を買収することができた。」旨主張する。しかし、地方公共団体である立川市が、何ら合理的理由がないのに、同様の立場にある付近の土地利用者に対し、一方では本件通路の使用を許可し、他方では許可しないといった差別的取扱をすることができないことは見やすい道理であり、立川市の全くの自由裁量に属するとはいえないところ、右のように本件売買以前に本件通路の使用許可を矢島安造らに与えている以上、正作にも本件通路の使用を許可せざるを得なかったと認められるから、右主張は前提を欠き採用できない。

また、控訴人らは、「本件土地については、建築基準法四三条一項ただし書は適用されず、建築物を建築することはできない。同条項の趣旨は、単に道路を交通の用に供するというばかりでなく、災害時の防災活動ないし避難活動が円滑に行われるようにし、ひいては建築物に対する日照、通風を確保して居住環境を保護することにあるから、同条ただし書の適用が認められるのは、周囲の状況からして恒久的に防災、避難、交通の安全上支障のないことが必要であり、将来変動の可能性がないとは言えない場合には適用されない。本件通路は、本件市営住宅の南端に相当する部分に鍵のついた鉄製杭が設置され、車両が通行できないようになっており、防災活動、避難活動が円滑に行われるとは言えないし、本件市営住宅の建て替え等により本件通路が廃止される可能性も存する。これらの事情からすると、同法四三条一項ただし書を適用して本件土地に建築物を建築することはできない。」旨主張する。そして、証拠(〈書証番号略〉)によると、本件通路には本件市営住宅の南端に相当する部分に鍵のついた鉄製杭が設置されていることが認められる。しかし、右鉄製杭は昭和六一年三月頃設置されたものであって本件売買当時には設置されていなかったものであるうえ、鍵を開けて杭を抜き取り自動車の通行が可能になるものであり、かつ、本件通路の市道西七一号線に通じる側には何らの障害物も設けていないこと(〈書証番号略〉)を考慮すると、右杭の存在のみをもって本件土地が袋地であるとは認められない。また、本件市営住宅の建て替え等により本件通路が廃止される可能性があることは否定できないものの、その具体的な計画の有無・進行状況については証拠上明らかでなく、本件通路が廃止される蓋然性が高いとは認められない。以上のとおり、控訴人らの前記主張は採用できない。なお、〈証人松本明の証言〉中には、本件土地に集合住宅等の建築物を建てることはできない旨の供述部分が存するが、前記三井信託の鑑定は、本件土地が戸建住宅等の敷地として使用することが最有効であることを前提として鑑定しているものであるから(〈書証番号略〉)、仮に、右供述が事実としても、右鑑定評価額に影響を及ぼすものではない。

② 次に、公社・正作間の売買及び本件売買の売買代金を定めるにつき画地規模の減価をしなかった点について検討するに、本件土地は、実測面積791.97平方メートルのほぼ長方形の土地であるが、本件においては、前記のとおり第一土地ないし第三土地に分けて買収されたものであり、その面積は、最大の第一土地において三一〇平方メートル、最小の第三土地において188.93平方メートルにすぎないものであり、東京都基準地(立川―一二)の面積が一六八平方メートルであることを考慮すると(〈書証番号略〉)、第一土地ないし第三土地の面積が過大であって画地規模の減価をしなければ不合理であるとは認められない。右認定に反する〈書証番号略〉は、右認定に照らし採用できない。したがって、前記控訴人らの主張は理由がない。

③ 最後に、本件土地に立川市の使用借権が付着しているにもかかわらずその減価をしていない点について検討する。本件売買当時、本件土地に立川市の使用借権が付着していたことは当事者間に争いがなく、公社・正作間の売買及び本件売買の売買代金を定めるにつき右使用借権の存在が考慮されなかったことが認められる(〈書証番号略〉)。ところで、土地使用借権は、借地権と異なり、取引の対象となって取引価格が形成されるような性質のものではなく、これが、土地価額の評価に当たって考慮されるのは、主として使用貸借終了時において使用借主が任意に明渡さないことにより使用貸主が事実上の不利益を被るおそれがあるためであり、本件土地の使用借主が立川市であり、その使用目的が児童遊園であったこと、借地期間が昭和五九年五月三一日までであったこと(〈書証番号略〉)を考慮すると、使用貸主の正作が右のような事実上の不利益を被るおそれがあったとは認められないから、右使用借権の存在することにより、本件土地の評価額を減価しなくとも不合理ではないというべきである。

④ なお、控訴人らは、「本件土地の近隣であり、交通の便が本件土地よりも良く、法定の道路に接している土地についての公示価格は、昭和五七年一月一日現在坪約三七万円であることに比較すると、本件土地の売買価格が不当に高額であったことは明らかである。」旨主張する。しかし、仮に、公示価格が右主張のとおりであったとしても、昭和五七年当時、公示価格と実勢の取引価格との間に乖離があり、実勢の取引価格が公示価格を上回っていたことは公知の事実であるうえ、三井信託の鑑定においては、公示価格との均衡にも留意して本件土地の価額が算定されている(〈書証番号略〉)から、右主張は採用できない。

⑤  以上の次第で、本件売買価格が不当に高額であるとも、本件売買がいずれも地方財政法四条一項に違反して違法であるとも認められない。

3  控訴人らは、「立川市は、以下のとおり、本件売買によっては本件土地の所有権を取得することができないから、その売買代金を支払うためにされた本件各支出命令は、執行機関がその事務を誠実に管理し執行する義務(地方自治法一三八条の二)又は公務員としての任務に著しく違背し、違法である。」旨主張する。しかし、以下(一)ないし(三)のとおり、控訴人らの右主張は採用できない。

(一)  控訴人らは、「被控訴人青木は、公社・正作間の売買について正作から包括的に委任され、一方では正作の代理人として、他方では被控訴人公社の代表者として、公社・正作間の売買契約を締結したものである。したがって、公社・正作間の売買契約は、被控訴人青木の双方代理により締結されたもので無効である。」旨主張するので、この点について検討する。

(1) 証拠によると、公社・正作間の売買契約の締結に関し、以下の事実を認めることができる。

① 正作は、昭和五六年二月一二日、立川市長に対し、本件土地の一部を買収してほしい旨の同月一〇日付け要望書を提出した。そこで、立川市は、同日頃、右要望に応じて、被控訴人公社を通じ、本件土地を第一土地ないし第三土地の三回に分けて買収することとし、被控訴人公社にその旨依頼した(〈書証番号略〉、証人横倉克彰)。

② 被控訴人公社及び立川市は、右2(三)(1)の経過で本件土地ないし第三土地の買収価格を決定した。

③ 立川市は、公社・正作間の第一売買につき、昭和五六年三月一八日、立川市財産価格審査会から買収価格を一平方メートル当たり一三万円とするのが相当である旨の通知を受け、これを被控訴人公社に通知した。そこで、被控訴人公社の担当者横倉克彰は、同日、正作に電話をかけ、売買交渉のため同人方を来訪したい旨伝えたが、同人から、来るに及ばないと言われたため電話で交渉することとし、同人に対し、本件土地を三回に分けて買収する旨、一回目に買収する土地が第一土地である旨、買収価格が一平方メートル当たり一三万円である旨、代金については契約締結時に半額を支払い、所有権移転登記後に正作の請求により残額を支払う旨を伝えた。これに対し、正作は、「結構だ」と答えて右条件を了承するとともに、自分は病弱なので立川市に勤務する被控訴人青木に任せる旨伝えた。横倉克彰は、同月一九日、土地の所在、地番、地目、地積、売買代金総額、内金及び残金の額等所要事項を予め記入した契約書用紙を持参して立川市役所内の助役室を訪れ、被控訴人青木に正作の住所氏名を記載して押印してもらうなどして第一売買の契約書を作成した(〈書証番号略〉、証人横倉克彰)。

④ 被控訴人公社は、公社・正作間の第二売買につき、昭和五七年一月一八日、立川市財産価格審査会から買収価格を一平方メートル当たり一四万一三〇〇円とするのが相当である旨の通知を受け、右価格の範囲内である一平方メートル当たり一三万六五〇〇円で第二土地を買収することとし、同月一九日、横倉克彰が正作に電話をかけ、買収土地の範囲、買取価格を一三万六五〇〇円とすること、代金支払方法等を合意し、同月二〇日、右③と同様に所要事項を予め記入した契約書用紙を持参して立川市役所内の助役室を訪れ、被控訴人青木に正作の住所氏名を記載して押印してもらうなどして第二売買の契約書を作成した(〈書証番号略〉、証人横倉克彰)。

⑤ 被控訴人公社は、公社・正作間の第三売買につき、昭和五八年一月一三日、立川市財産価格審査会から買収価格を一平方メートル当たり一五万一三〇〇円とするのが相当である旨の通知を受け、右価格で第三土地を買収することとし、同月一四日、被控訴人公社の担当者東豊彦が、土地の所在、地番、地目、地積、売買代金総額、内金及び残金の額等所要事項を予め記入した契約書用紙を持参して正作方を訪れ、その内容について正作の承諾を得たうえ、同人の依頼により、東豊彦が正作の住所、氏名を記載し、正作に押印してもらうなどして第三売買の契約書を作成した(〈書証番号略〉、証人横倉克彰)。

以上の事実が認められる。

(2) 右事実によると、公社・正作間の第一及び第二売買は、いずれも、横倉克彰と正作との電話による話し合いにより成立したものであり、被控訴人青木は、右のとおり成立した契約内容を契約書の形に書面化することに関与したのみであると認められる。また、公社・正作間の第三売買は、東豊彦と正作とが直接交渉して成立させたことが明らかである。したがって、被控訴人青木が、公社・正作間の売買について正作から包括的に委任され、一方では正作の代理人として、他方では被控訴人公社の代表者として、公社・正作間の売買契約を締結したとは認められず、この点での控訴人らの主張は採用できない。

なお、控訴人らは、「公社・正作間の売買は、総額一億円以上にのぼる土地の売買であり、しかも、公共的性格を有するものであるから、契約内容の明確性が要求されるものである。したがって、公社・正作間の売買については契約書等の書面の作成をもって契約の成立と認めるのが相当である。」旨主張するが、右(1)で認定したとおり、公社・正作間の第一及び第二売買においては、横倉克彰と正作との電話による話し合いにより売買契約締結に必要な事項全てが決定されているのであって、後日、契約内容の明確性を担保するため契約書を作成することが必要であるにしても、横倉克彰と本件土地の所有者である正作との電話による話し合いで公社・正作間の第一及び第二売買契約が締結されたと解することに何ら不都合はないというべきである。したがって、この点での控訴人らの主張も採用できない。

(二)  控訴人らは、「被控訴人青木は、公社・正作間の売買について正作から包括的に委任されたものである。したがって、公社・正作間の売買契約の締結は、被控訴人公社とその理事である被控訴人青木との利益相反行為に当たるから、被控訴人青木は、公有地拡大法一六条四項により右契約について被控訴人公社を代表する権限を有しない。よって、被控訴人青木が公社・正作間の売買契約を締結した行為は無権代理行為として無効である。更に、被控訴人青木は、被控訴人公社を代表して立川市との間で本件売買契約を締結したものであるが、同条項の趣旨に照らせば、右により無権代理行為として無効とされる公社・正作間の売買により被控訴人公社名義となった本件土地を立川市に売却する場合にも、被控訴人青木は、被控訴人公社を代表する権限を有しないと解すべきであり、したがって、本件売買契約も被控訴人青木の無権代理行為により締結されたものであって無効である。」旨主張するので、この点について検討するに、右(一)で認定したとおり、被控訴人青木は、公社・正作間の第一及び第二売買につき、契約書の作成に関与したのみであり、本件全証拠によるも、右各売買について正作から包括的に委任されていたとか、正作の代理人として契約締結に関与したとかいう事実は認められないから、所論は採用し得ない。

(三)  控訴人らは、「被控訴人青木は、本件土地の買収を通じて自らが暴利を得る目的で、被控訴人公社代表者としての権限を濫用して公社・正作間の売買をしたところ、右売買においては、被控訴人青木が正作を代理しているから、右権限濫用の事実につき相手方が悪意であることは明らかである。したがって公社・正作間の売買は、民法九三条ただし書の類推により無効である。」旨主張するので、この点について検討するに、前記2(一)及び(三)で認定したとおり、本件売買当時、立川市が、正作から本件土地を取得し、本件児童遊園を確保・存続しておく必要性が高かったうえ、公社・正作間の売買及び本件売買における各売買代金が不当に高額であったとはいえないことを考慮すると、被控訴人青木が本件土地の買収を通じて暴利を得ようとしたとは到底認められないから、所論は前提を欠き採用できない。

4  以上の次第で、控訴人らの請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がなく、原判決は、後記部分を除き相当であると認められる。

なお、原判決は、被控訴人青木に対する訴えについては適法な監査請求を経ていないとして訴えを却下したが、前記一1で認定したとおり、控訴人らは、被控訴人青木に対し適法な監査請求を経ている(ただし、前記一2で認定した別紙賦払金支払状況表記載の各賦払金の支出に関する部分を除く。)と認められる。したがって、原判決のうち、被控訴人青木に対する訴え(ただし、右部分を除く。以下、同じ。)を却下した部分は失当であって取り消されるべきであるが、本件では、第一審裁判所において、被控訴人青木に対する請求についても他の被控訴人らに対する請求についての審理を通じて十分審理が尽くされているうえ、控訴人らの請求が理由のないことが明らかであるから、右請求を棄却したとしても控訴人らの審級の利益を奪うものではない。したがって、敢えて被控訴人青木に対する請求を第一審に差し戻す必要はないと解される。しかし、被控訴人青木に対する請求について原判決を取り消して請求棄却の判決をすることは、控訴人らの申立ての範囲を超える不利益を控訴人らに課すことになるので、本件にあっては右請求についても直ちに控訴棄却の判決をすることとする。

三よって、本件控訴を棄却し、民事訴訟法三八四条、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岡田潤 裁判官瀬戸正義 裁判官小林正)

別紙〈省略〉

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